2010年頃?から良く見かけるようになった「ポリネシアンセックス」という言葉について、語源が気になっていたので調べた。
要点;「ポリネシアンセックス」は擬似科学に根ざして提唱されており、本当にポリネシアの風習であるかも眉唾なうえ、現在広まっているものは伝言ゲーム的に改変されている。
1949年 擬似科学と光る体
全ての根源である本『Sex Perfection and Marital Happiness(1949)』について解説する。
著者ルドルフ・フォン・ウルバン(1879〜1964)は、同書の第5章で、「あるカップルがセックス後に立ち上がって触れ合うと、2人の間に光(スパーク)が発生した」という事例を紹介している。
更にウルバンは、その当事者から聞いたという「スパークが発生した際の条件」(参照:図1)を記している。
– | 30分以上の前戯or添い寝をしたか | 25分間以上のセックスをしたか(Urbanの指す「セックス」とは、男性器を女性器に挿入すること) | セックス後に立ち上がってから再び触れたとき、スパークが発生したか |
例1 | ○(1時間の添い寝) | ×(セックスせず) | ○ |
例2 | ○(1時間の前戯) | ×(5分間) | ○ |
例3 | ○ | ×(15分間) | ○ |
例4 | ○ | ○(27分間) | × |
例5 | × | ×(27分間より短い) | × |
ウルバンは、カップルの間にスパークが発生したのは、男性と女性では「bio-electrical potential(以下:生体電子)」が違うからだと考えた。また、「正しい性交を通して生体電子が交流することにより両者がリラックスして満足する」と考え、それを達成するためには上記の表にある「30分の前戯or添寝」「27分以上の挿入時間」が重要であると仮説を立てた。
この仮説を補強するために、ウルバンは様々な事例を同書で紹介しているが、そのうちの主だったものは次となる(参照:図2)。
South Sea Islandersの少女が思春期に4人の少年とセックスする際、30分以上の添い寝をしてからセックスする事例。 |
Karezza(アメリカの宗教共同体オネイダコミュニティで実践され、後にAlice Stockhamにより推奨された性交方法)では男性器を女性器に挿入したまま、射精することなく30分が経つことで歓喜の瞬間が訪れるとする事例。 |
South Sea Islandersが5日に1回以上の頻度ではセックスしないという事例。前戯に30分以上かかり、挿入後も30分以上の時間がかかるという。 |
神経症患者Maryとその夫Fredについて、セックスせずに30分ほど裸で添寝していたところ、両者に歓喜の瞬間が訪れた事例。 |
トロブリアンド諸島民の「1時間経つことで先祖が蘇り私たちの結びつきを祝福する」という言葉。 |
事例の1つには「South Sea Islanders(太平洋南洋の島民)は5日に1回以上の頻度ではセックスしない(つまり、何日も続けてセックスしない)」うえに「前戯に30分以上、挿入後も30分以上の時間がかかる」といった旨の文章がある。
この時点では「ポリネシア」という言葉は使われていないが、これは現在知られている「ポリネシアンセックス」に近い。
1985年と2002年 続く読み間違い
1985年にジェイムズ・N・パウエルという作家が『エロスと精気』にウルバンの本を引用した。さらには2002年に日本の作家の五木寛之が『愛に関する十二章』でパウエルの本を引用した。ウルバンの記した文章は、それぞれの本で伝言ゲームのように微妙に書き換えられた(参照:図3)。
“Sex Perfection and Marital Happiness” Rudolf Von Urban/ ルドルフ・フォン・ウルバン | 1949 | South Sea Islandersのセックス頻度は5日に1回以下。 前戯には30分以上の時間が、 挿入してから30分以上の時間がかかる。 | ※誰かからの伝聞という形で記されており、ソースは不明。 |
“エロスと精気(原題:Energy and Eros)” James Newton Powell/ジェイムズ・N・パウエル | 1985 | ポリネシアの文化では、セックス頻度は5日に1回以下。 前戯には1時間以上の時間が、 挿入してから30分以上の時間がかかる。 | ※フリードリッヒ・フォン・ウルバンの研究と記されているが、 『Sex Perfection and Marital Happiness』と多くの文章が共通していることからルドルフ・フォン・ウルバンの誤記と思われる。 |
“愛に関する一二章” 五木寛之 | 2002 | ポリネシアンセックスでは、セックス頻度は5日に1回。 前戯には1時間以上の時間が、 挿入してから30分以上の時間がかかる。 | ※『エロスと精気』を紹介する形で記されている。 |
現在、日本語版Wikipediaの「ポリネシアン・セックス」のページに記載されている作法は、2002年の本に書かれているものとかなり近く、参考文献にも『愛に関する十二章』が記されている。

最後に
もともとが擬似科学に根ざしており、本当にポリネシアの風習であるかも眉唾物であり、元からは伝言ゲーム的に変容しているうえ、「スローセックス」などの単語で置き換え可能なので、「ポリネシアンセックス」という単語をわざわざ使う理由は無いと感じた。実在する地域の人々にまつわる単語に対してはやや慎重に扱うのが良いかなと、個人的には思う。
なお、現在の日本語圏の創作界隈では「5日間かけて行うセックス」の意味で使われることが多い。
参考文献
・『Sex Perfection and Marital Happiness』https://babel.hathitrust.org/cgi/pt
・『エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南』ジェイムズ・N. パウエル
・『愛に関する十二章』五木寛之
・『Karezza: Ethics of Marriage』Alice Stockham